まず、この音を聞いてみてください。
その1
これは、Cの単音だけを鳴らした音です。ところが実際は以下のこのような音も一緒に鳴っています。
その2
これらの音を「倍音」と呼びます。
このように、私たちが「単音」として聞いている音には、実際には倍音と呼ばれる複数の音が一緒に鳴っています。しかし、変ではないでしょうか?
実際には倍音を含めた複数の音が鳴っているのにもかかわらず、私たちの耳には単音の中に含まれている個別の倍音までは聞き取ることができません。なぜ、このようなことが起こるのでしょうか?
今回は、その理由について解説していきます。
目次
倍音とは?音の基本構造を知る
音は単一の周波数で成り立っているわけではありません。
楽器や声が発する音には、最も低い周波数の成分である基音とともに、整数倍の振動数を持つ音が含まれており、これを倍音と呼び、純正律において”一般的に聞こえる範囲”として第16倍音まであります。
では、なぜ倍音は聞こえないの?
一般人が倍音を聞き取れない理由には、いくつかの要因があります。
まず、倍音の音量が小さいことが大きな要因です。倍音は非常に小さな音量で存在しています。そのため、日常的な環境では倍音までを聞き取ることができません。
次に、脳の音処理の仕組みが関係しています。私たちの脳は、複数の音の成分を個別に認識するのではなく、ひとつの音として統合して処理する傾向があります。
例えば、ピアノの「ド」を弾いたとき、そこには倍音も鳴っていますが、脳は倍音を「単なる音色の成分」として処理し、独立した音としては認識しません。これによって、私たちは倍音を含む音を「単音」として感じてしまうのです。
では、聞き取れる人はいるの?
倍音を聞き分ける能力は、音楽の専門家や調律師のように意識的に学ぶことで身につくものです。
例えば、オペラ歌手や声楽家は、声の共鳴を調整するために倍音を意識的に使い分けますし、楽器の調律師は音のわずかな倍音の違いを聞き分けながら作業を行います。
このような訓練を積んでいない一般の人にとって、倍音は「聞こえない(意識の外にある音)」音となってしまうのです。
なので意識的にトレーニングをすれば、倍音を聞き取る能力を得ることが可能です。
倍音列の成り立ち
倍音は基音の整数倍の周波数を持ち、一定の規則に従って並びます。この並びを倍音列と呼びます。
倍音 | 音程 |
---|---|
基音 | ユニゾン |
第2倍音 | 1オクターブ |
第3倍音 | 1オクターブ+完全5度 |
第4倍音 | 2オクターブ |
第5倍音 | 2オクターブ+長3度 |
第6倍音 | 2オクターブ+完全5度 |
第7倍音 | 2オクターブ+短7度 |
第8倍音 | 3オクターブ |
第9倍音 | 3オクターブ+長2度 |
第10倍音 | 3オクターブ+長3度 |
第11倍音 | 3オクターブ+増4度 |
第12倍音 | 3オクターブ+完全5度 |
第13倍音 | 3オクターブ+長6度 |
第14倍音 | 3オクターブ+短7度 |
第15倍音 | 3オクターブ+長7度 |
第16倍音 | 4オクターブ |
倍音をMIDI音源で再生するのは可能?
倍音のみを再生することは技術的には可能ですが、12平均律の楽器で正確な倍音列を再現するのは難しい作業となります。
特に鍵盤楽器やギターなどの12平均律の楽器では、倍音に近い音は出せても、厳密には純正な倍音とは異なります。
例えば、Cの基音に対する第7倍音(B♭に近い)や第11倍音(F#に近い)は、12平均律のピッチと一致せず、それぞれ微妙にズレています。
そのため、仮にCの倍音に近い16の音を一斉に鳴らしても、自然な倍音列とは異なる調和を持つ和音として聞こえてしまいます。
ピアノ音源で倍音に相当する音を鳴らしても、単なる和音にしかならず、自然な倍音の響き(楽器本来の共鳴)とは異なります。
また、ベロシティを調整しても、単に音量の異なる和音に聞こえるだけで、楽器が持つ自然な倍音共鳴を再現することはできません。
倍音が音色に与える影響
倍音は、楽器や声の音色を決定する重要な要素となります。楽器ごとに倍音の分布が異なるため、同じ高さの音でも異なる響きを持つのですが、この倍音と音色の関係で非常に分かりやすい例がギターのディストーションではないでしょうか?
ギターで「ド(C)」の音をクリーントーンで単音で鳴らすと、多くの人は「ドの音」として聞きます。でも、実際には「ド」だけではなく、目に見えない形でいくつもの小さな音(倍音)が一緒に鳴っています。これらの倍音は音の個性を作る大事な要素ですが、普通の人は意識的に聞き分けることはできません。しかし、倍音の違いによって音の印象が変わるため、この違いが音のキャラクターに影響を与えています。
音は空気の振動として伝わり、その振動を時間軸で見た波の形(時間波形)として表すことができます。クリーントーンの音は、この時間波形がなめらかで規則正しい形(ほぼ正弦波に近い形)になっています。しかし、ここにディストーション(歪みエフェクト)をかけると、時間波形が大きく変わり、ギザギザした形(非線形な波形)になります。
これによって、新しい倍音がたくさん生まれ、音が太くなったり、荒々しくなったりするので、「歪んだ音」として感じられるのです。
また、音を周波数ごとに分解して見ると、クリーントーンの音は基音(Cの音)と少数の倍音が含まれる周波数スペクトルを持っています。しかし、ディストーションをかけると、高い周波数の倍音成分が強調され、より多くの倍音が含まれるスペクトルへと変化します。このため、同じ「ド」の音でも、音色の印象が大きく異なるのです。
このように、同じ「ド」の音でも、時間波形と周波数スペクトルの違いによって全く違う印象になる。これが倍音と音色の関係です。
楽器の種類で倍音の響きの違いから音色の違いが生まれるのですが、フルートやヴァイオリンの倍音の例を上げるよりも、音をエフェクターで加工し音色を変えられるギターの例が分かりやすかったのではないでしょうか?
倍音と音の個性
人の声や楽器の音色は、倍音の強弱やバランスによって特徴づけられます。例えば、エレキギターの歪んだ音は高次倍音が強調されることで、より厚みのある響きになります。また、クラシックのオペラ歌手は、特定の倍音を意識的に強調して豊かな声を作ることができるのです。
倍音は、音の構造を理解する上で欠かせない概念であり、音楽理論の基礎の一つとなります。楽器や声の響きを深く知るためにも、倍音の仕組みを意識することが重要なのです。
おしまい