今回は、ラベル作曲「ボレロ」のようにダイナミックレンジが極端に広い楽曲を、AM放送向けに収音するときの「ノイズとの付き合い方」がテーマです。特に、出だしのスネアがピアニッシッシモ(ppp)というごく小さな音量の場面で、メインのペアマイクをぐっと上げてしまうと何が一緒に持ち上がってしまうのか──という、実務そのものの感覚を問う問題になっています。
この問題の本質は、「静かなフレーズを聞こえるようにする=フェーダーを上げる」ときに、欲しい音だけでなく環境ノイズも同時に持ち上がる、という現場のリアルを理解しているかどうかです。この記事を読み終えるころには、なぜボレロのスネアを補助マイクで捉えるのか、なぜ空調ノイズがポイントになるのかを、実務やDTMミックスの感覚と結びつけて説明できるようになるはずです。
それでは問題を解いてみましょう!
目次
過去問|2025年 ステップⅢ 第4問
今回の問題は、サウンドレコーディング技術認定試験【2025年 ステップⅢ 第4問】をベースに、学習用として一部アレンジして出題しています。
この試験は「定番テーマ」が形を変えて何度も出題される傾向が強く、過去問を押さえることが合格への最短ルートと言えます。
問題=答え|暗記用ワンフレーズ
ボレロのピアニッシッシモ(ppp)を20dB上げると一緒に上がるもの=空調ノイズ
※フェーダーを上げると部屋のノイズフロアも一緒に持ち上がる
対話講義(Q&A)|ボレロppp収音と空調ノイズ
タカミックス
サウンド先生、「ボレロ」をAM放送用に録るときの問題なんですが……。
出だしのスネアがピアニッシッシモだから、ホール全体を録っているペアマイクのフェーダーを思い切って20dBぐらい上げてやればいいんじゃないか、って一瞬思ったんですよね。
サウンド先生
気持ちはすごく分かるよ。「小さいなら上げればいいじゃん」という発想だよね。でも実際の現場でそれをやると、欲しいスネアだけじゃなくて「部屋に常に鳴っているもの」まで一緒に20dB持ち上がっちゃうんだ。
タカミックス
「部屋に常に鳴っているもの」って、例えば何ですか?
選択肢だと、キーノイズ・空調ノイズ・コンダクター・チューバって並んでますけど……。
サウンド先生
この中でいちばん「常にペアマイクに入っているもの」をイメージしてみよう。
コンダクターやチューバって、ボレロの冒頭でずっと鳴っているわけじゃないよね? でも、ホールやスタジオの天井近くにあるエアコンの吹き出し口から出る空調ノイズは、演奏中ずっと「サーッ」と鳴り続けていることが多いんだ。
タカミックス
あー、あの「シュー」とか「サー」っていう空調の音ですね。
ってことは、ペアマイクのフェーダーを20dB上げると、その「サー」も一緒に爆上がりする、ってことですか?
サウンド先生
その通り。フェーダーを上げるっていうのは、基本的に「そのマイクに入っているすべての音」を一律で持ち上げる操作だからね。
ボレロみたいにダイナミックレンジが大きくて、しかもAM放送用にコンプレッションやリミッターもかかる状況では、ノイズを余計に持ち上げるのは避けたい。だから、ピアニッシッシモのスネアはペアマイクではなく「スネアに近い位置の補助マイク」でしっかりレベルを稼ぐ、という判断になる。
タカミックス
なるほど……。
じゃあ、キーノイズとかコンダクターとかはどうなんですか? これもフェーダー上げたら上がりそうな気がするんですが。
サウンド先生
確かに上がるけど、「問題の文脈」としては優先度が低いんだ。
キーノイズは、鍵盤を押した瞬間に出る“動作音=打鍵音”なのだが、当然ピアノを鳴らさない限り音は出ない。
なので常に鳴っていて、フェーダーを上げると無音部でも目立つ音ではないので、この設問の狙いとしては優先度は低くなる。
またコンダクターはそもそも音を出す人じゃない。
確かにコンダクターが指揮棒を振っている時に服擦れや譜めくりの音が入ることはある。でも常時じゃないし、マイクも基本はそこを狙ってないから、設問の狙いとしては優先度が低い。
チューバも出番が来ないと鳴らない。
一方で空調ノイズは「演奏と関係なく常に鳴っていて、ペアマイクが拾いがちで、しかもレベルを上げるとすぐ耳につく」という性質を持っている。だから、この問題が狙っている答えは「空調ノイズ」なんだ。
タカミックス
たしかに、実務をイメージすると空調ノイズが一番「やばい」感じがしますね……。
じゃあボレロのピアニッシッシモのスネアは、メインのペアマイクで無理に抜こうとせず、補助マイクでしっかり押さえる、っていうのが現場の解き方ってことですね。
サウンド先生
そうそう。メインのペアマイクは「全体のバランスと空間」を捉えつつ、細かい楽器の聞こえ方は補助マイクで調整する。特にAM放送のようにダイナミックレンジをかなり詰めるメディアでは、ノイズの扱いがシビアになるから、この感覚を押さえておくことが大事なんだ。
タカミックス
了解です!
「静かな音を無理やりフェーダーで持ち上げると、空調ノイズみたいな環境ノイズも一緒に大きくなるから、補助マイクで取りにいく」というイメージで覚えておきます。
詳しい解説
一問ずつ正解を覚えることも大事ですが、「なぜその選択肢を選ぶのか」という筋道を理解しておくと、別パターンの問題にも強くなります。
ここからは、対話講義で掴んだイメージを“用語と仕組み”で裏付けるパートとして、基礎は押さえた前提で少し技術寄りに整理していきましょう。
結論の整理
2025年 ステップⅢ 第4問の正解
ボレロのピアニッシッシモ(ppp)をメインマイクで20dB持ち上げると、一緒に目立ってしまうのは「空調ノイズ」である。
一言まとめ
静かなパッセージをフェーダーで無理に上げると、常時鳴っている空調ノイズも一緒に増えるため、補助マイクで狙い撃ちするのがセオリー。
なぜその答えになるのか(メカニズム)
この問題のカギは、「ペアマイクのフェーダーを20dB上げる」という操作が、スネアだけでなく「そのマイクに入っているすべての音」を等しく増幅する点にあります。ペアマイクはホール全体の響きとバランスを狙っているので、演奏に関係ない「部屋のノイズ」も必ず入っています。
ホールやスタジオでは、以下のような環境ノイズが常に存在します。
- 空調設備からの「サーッ」という空調ノイズ
- 照明機器や電源由来のハムやシズル
- 遠くの客席やステージ上の微細な動き
このうち問題文で強調されているのは、「ボレロの出だしのピアニッシッシモのスネア」をAM放送向けに扱うという状況です。ボレロはダイナミックレンジが非常に広く、冒頭は極端に静かです。そのため、ペアマイクのフェーダーを20dBも上げないとスネアが十分に聞こえないような場面が想定されています。
ところが、20dBというのは増幅量としてかなり大きい値です。
スネアだけでなく、背景で常に鳴っている空調ノイズのレベルもそっくり20dBアップするので、結果として「サーッ」というノイズが前に出てしまい、AM放送のようにさらにコンプレッションやリミッターで音量が詰められる環境では、ノイズが非常に耳につきやすくなります。
そこで実務上は、
- ペアマイク:オーケストラ全体とホールの響きを捉える
- 補助マイク(スポットマイク):ピアニッシッシモのスネアのように、個別にしっかり聞かせたい音を近距離で収音する
という役割分担をします。補助マイクをスネアの近くに立てれば、スネアに対する空調ノイズの比率(S/N比)が良くなるので、フェーダーを同じだけ上げても、ノイズよりスネアが優勢な状態を作りやすくなります。
つまり、「静かな音を聞こえるようにしたいときに、メイン・ペアマイクのフェーダーをむやみに上げると、空調ノイズが一緒に大きくなってしまう」という現場感覚を問うているため、正解は空調ノイズになります。
他の選択肢が誤り(または優先度が低い)理由
- キーノイズ
キーノイズは主にピアノの鍵盤を押したときに発生するメカニカルな音を指します。ペアマイクで拾っていればフェーダーを上げれば一緒にレベルも上がるが、ボレロ冒頭はスネアのリズムが中心であり、キーノイズが本質的な問題になる場面ではない。また、これは「常時鳴っている環境ノイズ」というより、演奏動作に付随する一過性の音であるため、この問題の文脈では優先度は低い。
- コンダクター
コンダクター(指揮者)は基本的に音を発する存在ではない。足音や譜面をめくる音を拾うことはあっても、それは「常時鳴っている音」ではなく、問題文で扱う「20dB上げたときに一緒に上がって困る代表的なノイズ」としては不自然である。したがって、この選択肢はミスリード要員と考えられる。
- チューバ
チューバは低音の金管楽器であり、演奏されているときにはもちろんレベルが上がるが、ボレロ冒頭のピアニッシッシモで始まるスネアのタイミングで常に鳴っているわけではなく、「空調ノイズ」のように演奏と関係なくずっと鳴り続けるものでもない。したがって「フェーダーを上げたら常時一緒に増えてしまうもの」としては的外れであり、この問題で狙われている答えとは言えない。
実務・DTMへの応用
今回はのボレロでは「フェーダーで無理やり上げない」という話をしましたが、裏返せば「そもそも静かな音をどうやってきれいに録るか」が一番のテーマになります。DTMの宅録でも、ささやき声、クラシックギターの弱音、シンバルのごく弱いスイングなど、「ピアニッシッシモレベルの音」を崩さず録りたい場面は普通に出てきます。
まず前提として、「録音レベルは録音時に作る」が鉄則です。小さいからといって後でフェーダーやプラグインで持ち上げる前提にすると、ノイズまで一緒に増えるのは避けられません。コンデンサーマイク+オーディオインターフェイスであれば、演奏者との距離を必要なだけ詰めつつ、マイクプリのゲインを上げて、ピークが-18〜-6dBFSくらいの範囲に収まるように調整する。これを「録音時の仕事」としてきっちりやっておけば、後処理で無茶な持ち上げをしなくて済みます。
次に、マイクと部屋のS/N比を意識すること。ピアニッシッシモを録りたいのにエアコン・PCファン・外の車の音が普通の音量で鳴っていたら、その時点で勝負になりません。静かなテイクが必要なときだけエアコンを切る、PC本体をマイクから遠ざける、窓を閉める、不要な生活音を一旦止める──このレベルの「物理対策」をケチると、いくら高級マイクを使ってもピアニッシッシモはノイズに埋もれます。逆に言うと、安価な機材でも環境ノイズを抑えればびっくりするほど静かな録音になります。
マイクの選び方と置き方も重要です。弱音を狙うときは、多くの場合、指向性の強いカーディオイドのコンデンサーを近距離で使う方が、ルームノイズを拾いにくくS/N比も稼ぎやすいです。クラシックギターやアコギのピアニッシッシモなら、弦とサウンドホールの中間〜12フレット付近を狙い、ミュージシャンが自然に弾けるギリギリまで距離を詰める。ヴォーカルのささやき系なら、ポップガード越しにほぼ一定距離をキープしてもらい、マイクの真ん中にまっすぐ声を当てる。これだけで「小さいけど芯のある音」が録りやすくなります。
また、演奏側のダイナミクスも現実的に調整した方がいいです。生演奏と同じ完全なピアニッシッシモを自宅の環境で再現しようとすると、どうしてもノイズとの戦いが激しくなります。宅録では「本番より気持ち1段階だけ大きめのピアニッシモ(pp)」で演奏してもらい、ミックスやマスタリングで“静かな雰囲気”を演出する、という割り切りも十分アリです。聴感上の「静かさ」は、絶対音量よりも、前後のセクションとのコントラストで決まることが多いからです。
最後に、録った後の処理は「微調整」に留めるのが理想です。クリップゲインやオートメーションでフレーズごとの差を揃えるのはOKですが、「録りレベルが小さすぎたものを一気に20dB上げて救済する」ような状況にしないのがゴールです。ノイズリダクションやゲートも、基本は“保険”として少しだけ使うくらいに抑え、あくまで「目立たなくする」程度に留めると安全です。「録りの段階で静かな音をちゃんと大きく、ノイズは小さく」という設計ができていれば、pppクラスの弱音も音楽的にきれいなまま仕上げられます。
過去問出題年・関連リンク
出題年度:現在調査中(後日追記予定)
